メンター

28歳頃から母によく相談するようになった。
もちろん、母親なんだから、と、今なら真っ先に思い浮かぶ相談相手だけど、当時は案外そうでもなかった。
これまでの人生で一番思い悩んだと思うのは大学2年生の時。
大学のこと、今後の進路について、母に相談したかったけれど、当時、母は仕事でほとんど家にいなかった。いないだけでなく、かなり重いクライエントとの関わりに懸命だった。
一方、私自身もアルバイトに忙しくして、わざわざ母と時間を合わせようという気持ちもなかったんだと思う。
それでもその頃の私は、「今、一生分悩んでいるのでは?」と、頭がパンパンになるくらい考えを巡らせていた。今の自分が見たら大した悩みでもないと思うけれど、当時は誰にも話すことができないからこそモヤモヤが増大して、大変だったんだと思う、私。
そして、28歳のころは、仕事に一生懸命になればなるほど、空回りする日々が続きに続いて、とにかく苦しかった。理解者に私の話を聞いてもらい、なにか少しでもいいから光を見つけられないかと、「カウンセラーとしての母」へ連絡をとったのだ。
臨床心理士という職業をよくわかっていたわけではないが、ふつうの母親の返答とは少し違うということを、若いなりにも感じていたと思う。多い時には週に3~4回、仕事帰りの遅い時間に母と食事をしたり、お茶をしたりして、そこで頭を切り替えてから帰宅していた。
母のカウンセリングを受けている、という感覚はなかったものの、それは間違いなくカウンセリングだった。
母は母であり、同時にプロのカウンセラーだった。
なかなかすごい時間を過ごしていたのに、ほんと、その時はその尊い時間の意義をそこまで感じてなかった。
28~30歳あたりの時期がピークにどん底だったと思う。
気持ちと頭と、全部バラバラで、自分がまとまらなかた。
言われることも、頭の先で理解したつもりになって、毎回カウンセリング時間は過ぎていった。
その頃から、「メンター」として、母の存在が大きくなっていった。
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